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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)563号 判決 1985年9月25日

原告

破産者株式会社ニューメデイカル破産管財人弁護士

被告

有限会社松田商店

主文

一  被告は原告に対し、金三五二万八二八五円およびこれに対する昭和五八年九月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金五三三万九五一五円及びこれに対する昭和五八年九月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  破産会社は、明石市魚住町長坂寺七一八番地所在私立長坂寺診療所を経営してきたが、同五八年七月二二日支払不能により神戸地方裁判所明石支部において破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任された。

2  訴外桂健及び同西哲一は、長坂寺診療所において別表のとおり診療を受け、これにより原告は訴外人両名に対し、各々所記のとおりの診療報酬債権を取得した。

3  訴外人両名には、各々右債務を弁済する資力がない。

4  訴外人両名は、被告に対し、左記のとおり交通事故にもとづく損害賠償請求権を取得した。

(1) 交通事故の発生

日時 昭和五八年一月三一日午前九時一五分ころ

場所 神戸市東灘区深江北町五丁目六番二四号

加害車両 普通貨物自動車(車両番号神戸四五た五七〇二号)

右運転者 田中康男

被害車両 普通貨物自動車(車両番号神戸四〇ち七九〇七号)

右運転者 桂健

右同乗者 西哲一

態様 出会い頭衝突

(2) 損害発生

訴外人両名は右事故による受傷のため、前記2のとおり治療を受け、所記の治療費相当額の損害を被つた。

(3) 責任原因

被告は、右加害車両の保育者であつて、事故当時加害車両を自己のために運行の用に供していた者である。

よつて原告は訴外人両名に対する診療報酬請求権を保全するため、被告に対し、訴外人両名の不法行為による損害賠償請求権に代位して金五、三三九、五一五円及びこれに対する昭和五八年九月二八日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の治療行為事実は否認する。

同第3項の事実は不知。

同第4項の事実中、

(1) 交通事故の発生の事実は認める。

(2) 事故による傷害発生の事実は否認する。

被告車両は、所謂廃品回収業であり、事故当時時速二、三粁の極めて低速であつた、しかも接触は、被害車両左側面への軽微なものであり、傷害の発生することはあり得ない。

(3) 被告が加害車両保有者であつた事実は認める。

三  被告の主張

1  被告車両の無過失

事故当時、加害車両は廃品回収業務中のため、極度に低速であり、被害車両は、制限時速を超過して、かつ前方不注視で進行していたので、交差点に先に進入して左折しようとしている加害車両前部を、被害車両が擦過したものである。

具体的危険回避の業務よりして、本件事故の全ての責任は被害車両運転者桂健の一方的過失によるものである。

2  過失相殺

少くとも桂健の治療費については、その債権に代位する原告に対し、桂の過失につき相応の過失相殺がなされるべきである。

西哲一については、同人は、桂と、昌和工業の同僚であり業務中の事故であるので、同一の目的で、自動車の運行中であり、共同運行者として、桂の過失は、被告より過失相殺の対象とせられるべき立場にある。よつて、同じく過失相殺せられるべきである。

3  桂及び西に対する原告病院の治療は、医師の資格を有する者によるものであるかどうか不明である。原告病院は、医師の資格を有しない者が治療行為に当つていたことが判明し、結局は破産宣言に至るようになつた経緯があることは公知の事実であることから、医師の資格を有する者による治療行為を前提に本件請求権を行使することは理由を欠くものである。

4  仮に、桂及び西に対する本件治療行為が医師の資格を有する者によるものであるとしても、本件各治療行為の内容は極めて不当なものである。

(一) すなわち、桂及び西については、何らの必要性もないのに昭和五八年一月三一日から同年四月三〇日まで入院させているが、両名ともに一五日に一〇日程度の割合による通院治療を受けるだけで十分であつたことが考えられる。けだし、前記のとおり、事故直後に治療を受けた谷本外科における診断内容をみても右両名の症状はさほど重篤なものでなかつたこと、右両名において賠償額を多額化させるためとしか考えられない行動をとつていることを考え合わせると、頸部捻挫を症状とする一般的な治療としては一五日に一〇日の割合による通院治療が妥当とみることができる。

(二) 桂及び西両名について、いずれもX線写真に何らの異常も見られないのに、抗生物質であるケフレツクスを服用させている。これは全く合理性のない投薬内容であり、不要である。また、両名ともに点滴及び皮下筋肉注射が施用されているが、入院治療の必要性がなかつたことからしていずれも不要であつたものである。

(三) 更に、血液検査については、二〇項目以上の場合五二〇点とするのが健保基準であるのに、右両名いずれについても一一六〇点との算定がなされている。

(四) 尚、血液検査、X線写真の検査は特に異常がなければ、回を重ねてこれら検査を行なう必要はない筈であるのに、右両名に対しては、入院の間に重ねて右検査が行われている。

5  治療費の一点あたりの単価は金一〇円とするのが健康保険診療の場合の診療費用とされているが、健康保険によらない場合は、せいぜい一点単価は金二〇円が相当とすべきである。

6  被告は、本件治療費について、任意保険会社である富士火災海上保険株式会社を通じ、桂にかかる治療費として金五四万三五〇〇円を、西にかかる治療費として金五六万四九二五円をそれぞれ昭和五八年三月九日、長坂寺診療所宛に支払つた。

四  被告の主張に対する原告の認否

いずれも争う。

第三証拠

本件記録中における証拠関係目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第三号証の一ないし三、第五号証の一ないし三、成立に争いのない乙第一ないし第九号証を総合すれば、田中康男は、昭和五八年一月三一日午前九時一五分ごろ普通貨物自動車(以下加害車という)を運転して神戸市東灘区深江北町五丁目六番二四号先の交通整理の行われていない交差点付近を北進し、優先道路と交差する右交差点で東に向かい右折進行しようとしたこと、右田中は、右の右折開始に当たり、一時停止指示の道路標識に従い、停止線の直前で一時停止をしたが、右(東)方道路の安全を確認することなく漫然時速約一五キロメートルで右折進行したため、東から西に向い直進してきた桂健(当時二六歳)運転の普通貨物自動車(以下「被害車という)左側後部に自車左前部を衝突させ、よつて桂に対し、腰部打撲捻挫、頸部挫傷、前胸部打撲の傷害を、被害車両に同乗していた西哲一(当時二六歳)に対し、頸部挫傷、肩部打撲腰部捻挫の傷害を負わせたこと、右のとおり本件事故は交差点における右折車(加害車)と直進車(被害車)との衝突事故であるが、被害車が直進してその運転席が交差点の中心を通過し終つたとき、田中が前示のとおり徐行しないで時速約一五キロメートルの速度で加害車左前部を被害車左側後部に衝突させたものであることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は、田中が右方道路の安全を確認しないで右折進行した一方的過失によるものであることが明らかであり、桂はもちろん、被害車に同乗していた西にとがむべき過失はない。

三  被告が加害車の運行供用者であることは当事者間に争いがないから、被告は、自賠法三条に基づき、桂、西の被つた治療費を賠償する義務がある。

四  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一ないし三、第六号証の一ないし三によれば、破産者の経営する長坂寺診療所は、桂に対し、前記傷病のため、昭和五八年一月三一日から同年四月三〇日まで入院治療に当り、二六四万三四九〇円の診療報酬を、西に対しても、前記傷病のため、右同期間入院治療に当り、二六九万六〇二五円の診療報酬をそれぞれ得るに至つたことが認められる。

五  被告は、本件事故における衝激程度では、桂、西らに頸部挫傷(むちうち症)が発生するはずがないと主張するが、本件事故は前認定のとおり、加害車が時速約一五キロメートルで被害車の後部側面に追突したのであるから、その時の衝激により、被告車に乗つていた桂、西らが同症に罹患する可能性が十分あつたものというべきである。

さらに、被告は、桂、西らが入院治療するほどでなかつたとか、長坂寺診療所においては医師の資格をもたないものが診療に当つていたとか主張しているけれども、桂、西らの前記治療に関しては、右主張事実を確認することができない。

また、被告は、過剰治療であつたと主張するが、およそ医師の治療は、その性質上、相当高度な専門的知識と技術を必要とし、患者に対する診断並びに治療方法については、時期を得た適切妥当な期待するため、当該医師の判断にある程度の裁量の幅を認めるべく、ことにむちうち症のような、患者の外傷による器質的因子のほか心因的要素の加わる疾病においては、患者の疾病の程度、体質に応じた治療方法の選択を担当医の判断に委ねるほかはないところ、本件の場合、被告の主張に沿う証人吉見道夫(会社員)の証言はたやすく惜信できず、ほかに、桂、西らの治療に当つた担当医の治療方法が、著く裁量をこえた、すなわち過剰であつたことを確認するに足る証拠はない。

六  次に被告主張の治療費点数について判断する。

厚生省告示二二号(昭和五八年一月二〇日)による「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」第二項においては、一点の評価を一〇円とする旨定められているのであるが、右健保法基準は、任意診療に対して当然に適用されるものではなく、私立病院の多くは、一点二〇円と換算している実情にあることは当裁判所に顕著であり、その実情に照せば、本件事故と相当因果関係があると認めるべき治療費単価は一点二〇円とするのが相当である。

しかるところ、前記甲第四号証の一ないし三(いずれも診療報酬明細書)によれば、長坂寺診療所は、桂に対する治療につき、甲第四号証の一に表示された診療内容点数合計一二八二〇点を一点三〇円に、甲第四号証の二に表示された同点数合計二八四八一点を一点二五円に、甲第四号証の三に表示された同一四七八六点を一点二五円にそれぞれ換算して他の費用と合せて桂に対し前記治療費二六四万三四九〇円を請求していることが認められる。

そこで、右治療費点数を一点二〇円に換算して右治療費を修正すると、次のとおり二二九万八九五五円となる。

<1>  12820×30-12820×20=128200

<2>  28481×25-28481×20=142405

<3>  14786×30-14786×20=73930

<1>+<2>+<3>=344535

2643490-344535=2298950

また、前記甲第六号証の一ないし三(前同)によれば、同診療所は、西に対する治療につき、甲第六号証の一に表示された診療内容点数合計一三六七七点を一点三〇円に、甲第六号証の二に表示された同点数合計二八五七六点を一点二五円に、甲第六号証の三に表示された同点数合計一五七二四点を一点二五円に換算して他の費用と合せて西に対し、前記二六九万六〇二五円を請求していることが認められ、桂の場合と同様、右治療費点数を一点二〇円に換算して、右治療費を修正すると、次のとおり二三三万七七五五円となる。

<1>  13677×30-13677×20=136770

<2>  28576×30-28576×20=142880

<3>  15724×25-15724×20=78620

<1>+<2>+<3>=358270

2696025-358270=2337755

七  成立に争いのない乙第二三、二四号証によれば、被告は任意保険会社である富士火災海上保険会社を通じ昭和五八三月九日長坂寺診療所に対し、桂の治療費として五四万三五〇〇円を、西の治療費として五六万四九二五円を支払つていることが認められる。

前六項記載の修正治療費から、右損害てん補金を控除すると、桂の残存治療費は一七五万五四五五円、西の残存治療費は一七七万二八三〇円となる(合計三五二万八二八五円、なお、桂、西らには本件事故につき、過失相殺の対象となる過失がないことは、前二に認定のとおりである)。

八  桂、西は、被告に対し、本件事故によつて被つた損害金として、前七項後段記載の治療費を請求する権利があるが、一方、弁論の全趣旨によれば、桂、西らは、長坂寺診療所に対し、右治療費の支払をせず、かつ無資力であることが認められる。

九  そうすると、長坂寺診療所の経営者株式会社ニユーメデイカルの破産管財人である原告は、民法四二三条により、桂、西らに代位して被告に対し、本件事故による前記合計治療費三五二万八二八五円及びこれに対する昭和五八年九月二八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める権利がある。

原告の請求は、右認定の限度で正当として認容し、その余は棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言については相当でないと認めて、その申立を却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 広岡保)

(別表)

<省略>

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